今年の冬に参加したオランダ・アムステルダム大学のウィンタースクール「エスノグフラフィとデザイン (Ethnography and Design)」で、印象に残っているシーンがある。
このコースでは3~4名の学生がチームを組んで、特定のクライアント課題に対してエスノグラフィのような人類学的要素とデザインメソッドを横断的に用いてプロトタイプし、最終的にピッチまで実施する。参加者の多くが人類学やジャーナリズム、社会学などを専攻する修士またはPhDの学生で、そこにサービスデザインの専門家たちがメンターとして伴走する形式だ。人類学的な理論や手法をデザインのプロセスにいかに応用できるか、その可能性を探るという意味でユニークなコースに見える。
私自身、人類学をデンマークで学んでいるのだが、例えばその研究の過程で社会における事象を簡略化・モデル化したり、その中から一部の要素をピックアップして解決策を検討する、といった実践は決して多いとはいえない。そうしたステップを踏むとしても、一般的なデザインプロセスとは異なり非常に長期のフィールドワークを前提とするため、ひとつの研究サイクルに費やされる時間は相対的に長い。そのあいだ、混沌としたリアリティに一定の時間を使って向き合うことや、早急で一方的な解釈を避けて研究の対象者の「内側から」思考していくことを強く推奨される。これらをそのままデザインやビジネスの思想に当てはめようとしても、不和が生じるのは当然だろう。
「エスノグラフィとデザイン」でも例に漏れず、人類学にどっぷり浸かってきたわたしたちは、簡易的なエスノグラフィ調査を通して得られた情報をMiroに貼り付けて、そこから要素を抽出する過程に過度な時間をかけてしまう。カオスを簡略化して説明するのではなく、カオスをカオスとして眺めてしまうのだ。それは一般化できるのか、対象者の語りの複数性を無視していないか、我々が課題に優先順位をつけることには権力性が伴わないか。2週間後のピッチに向けた議論は抽象的な空中戦になる。民間企業や非営利組織での経験があるメンバーが複数いるものの、やはり「人類学者っぽさ」が滲み出る。
そこで、膠着状態を見かねたメンターが議論に入ってきた。洒落た口髭に縁の太い丸眼鏡は、彼のデザイン経験を物語っているようだ。世界的な航空会社からテックカンパニーまで幅広く担当した経歴を持ち、人類学者との共同実績も多いという。ものの数分で、彼はイシューが書き出された多数の付箋を手際良く並び替え、「社会的インパクト」と「実現可能性」というふたつの軸で切り分けられたフレームに当てはめていく。「これきっと面白いね!」と言って、彼は颯爽と立ち去っていった。
人類学とデザインに関して何かを読み、調べ、書きたいと思うのは、人類学の限界を指摘したいからでも、デザイン論の効率主義を否定したいわけでもない。近年急速に歩み寄っているはずの両者が語る「人類学とデザイン」ないしは「デザインと人類学」が、あまりにも実践レベルからかけ離れた、形だけの「協働」に見えるからだ。
人類学とデザインが見たい未来は、パズルのようにふたつのピースが双方の穴を埋め合うものではなく、両者が滲みあい規定の境界を曖昧にしていくイメージなのではないだろうか。エスノグラフィは人類学者が進めてアイデアの発散を進め、蓄積されたデータはデザイナーが数々のフレームを元に収束させていくような、まるでダブルダイヤモンドを分割するようなスタイルではない、理論も手法も混ざり合った、オルタナティブな未来はないだろうか。「意地悪な問題」からより広く「複雑な社会・技術的問題」へと視野を広げてきたデザインと、介入と協働の可能性へと舵を切りつつある人類学との接点を、この場を使ってじっくりと考えてみたい。
AnnnD: Anthropology and Design
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牛丸 維人 Masato Ushimaru
オーフス大学映像マルチモーダル人類学修士課程
デザインリサーチャー
リクルートにて大規模メディア・SaaSの事業戦略、顧客満足度調査等を担当後、デンマーク・オーフス大学映像・マルチモーダル人類学修士課程進学。デンマーク郊外のバザール、東南アジアのオンライン英会話ネットワーク等を対象に映像人類学、デジタルエスノグラフィ等の手法を用いた研究プロジェクトを実施。現在はフィリピン・北ルソン地域に滞在し、視覚障害者によるマッサージ実践、共同居住エリアを対象にエスノグラフィ調査を実施中。
研究と並行して、業務委託として日本国内ユーザを対象としたユーザーインタビューや調査設計・分析などのデザインリサーチ業務を担当。アマチュアのフォトグラファーでもある。